思いがけない突然の姫宮のカミングアウトに司の頭は混乱した。
姫宮がゲイだなどと俄かには信じ難いことである。
第一、今までそんな素振りなど姫宮には全くなかった―――司がキスをした時も、好きだと告白した時も、全く信じないどころか嫌悪感を露わにしていたではないか・・・。
「・・・姫宮・・・冗談・・・?」
司は疑うように姫宮の整った顔を覗く。
もしや、さっきのようにまた突然笑い出すのではないか、と司は思ったのだが、姫宮は疲れたように溜息をつき、寂しそうに薄く微笑んだだけだった。
―――マジか・・・?
司は咄嗟に言うべき言葉すら見つからず俯いた。
確かに司ですら一目惚れする程姫宮は綺麗なのだから、そう言われると妙に納得する部分もある。
しかし司はずっと、姫宮はノーマルだという前提で突き進んできたのだ。
それを根底から覆された今、新たなる複雑な思いが湧き上がってきた。
姫宮が同性愛者だとしたら、自分を拒むのは男同士だから、という理由は成り立たなくなるではないか・・・。
・・・だとしたら必然的に答えは絞られる―――
「・・・やっぱり俺が嫌いなんだ・・・?それとも、兄弟だから・・・?」
「―――」
姫宮は肯定も否定もせず、黙って足元を見つめている。
司は焦る思いを抱きつつ、思い切って訊いてみた。
「まさか・・・付き合ってるヤツがいる・・・とか?」
「―――いない。・・・好きなヤツは・・・いるけど・・・」
歯切れの悪い姫宮の言葉に、司は真っ逆さまに谷底へ突き落とされたような衝撃を受け、それがたちまち怒涛のような嫉妬の感情へと移っていった・・・。その激情は、もう限界だと思っていた気持ちに再び火をつけた。
「・・・誰だよ!?」
司が怒ったように問い質すと、姫宮は司から目を逸らし、乱れたままだった着衣と髪を手早く整えた。
「・・・関係ないよ、お前には」
そう言い捨てて部屋から出て行こうとした姫宮の腕を掴み、司は叫ぶ。
「関係なくねえよっ!!」
司の手を振り解こうと振り向いた姫宮を、司は全身で背後の壁に押し付けて、強引に口づけた。
「・・・ん・・・っ・・・―――」
歯の間から無理矢理差し入れた舌を絡ませる。
苦しげな息遣いが、やがて甘く淫靡な溜息へと変わっていく。
司は耐え切れぬように肌を求め、姫宮のシャツの中に手を入れて忙しなくまさぐった。
二人は密着したまま、崩れるように床に座り込むと、邪魔な衣服を力任せに剥ぎ取りさらに激しく求めた。
「―――・・・やめ・・・つか・・・さ・・・」
「・・・・姫宮・・・」
力で姫宮に敵うはずがないことも・・・痛い思いをすることも、夢中になっている今の司の頭にはない。
何故こんなに惹かれてしまうのか、自分でも異常ではないかと思いながらも押し寄せる感情の波に逆らうことが出来なかった―――
・・・・そう、出会った瞬間から気持ちはもう決まっていたのだ。
たとえ殺されてもいい、ただ離れたくない、誰にも渡さない、という単純だが純粋な想いだけで頭は一杯だった。
「―――・・・好きだ・・・姫宮」
「・・・・・・」
間近で見つめる姫宮の大きな瞳は、今まで何度か司が見たことのある・・・あの困ったような、そして怒ったような複雑な色を帯びて潤み、そしてゆっくり閉じられた。
「・・・オレ・・・も・・・」
囁くような言葉が姫宮の口から発せられた瞬間、目尻から頬に一筋の涙がこぼれた。
司はまるで夢でも見ているように、ぼんやりとその光景に魅入られていた。
「・・・え・・・?じゃあ・・・姫宮が好きなのは・・・俺・・・?」
姫宮は両手で自分の顔を覆うように隠して喋り始めた。
「―――・・・中学生の頃、初めてテレビで見た時から・・・・。兄弟だって知った時はショックだったけど・・・ずっと、会いたいって思ってた。でも、それだけ―――・・・一度会えれば、それだけで良かったんだ・・・それ以上なんて、望んでなかったのに・・・。思いがけず、一緒に仕事が出来ることになって嬉しかった・・・。だけど―――お前は、出会った途端、すごい勢いでどんどん俺の心に踏み込んできて・・・・怖くなったんだ・・・。だから兄弟だと明かせば引くんじゃないかと思って・・・わざとキツイ事言ったりして必死に避けようとしようとしたのに・・・。お前ときたら・・・諦めるどころか、どこまでも自分の我を通すんだから・・・ムチャクチャだ―――」
「―――・・・・」
司は言葉を失った。
姫宮が今まで味わってきた複雑な心境を考えると、さすがの司も能天気に喜ぶわけにはいかない。
相手が男で、芸能人で、しかも弟となれば、司のように単純に突っ走ることが出来るはずがないのも当然である。
自分の欲求が常に最優先で、姫宮の気持ちなどまるで無視していた・・・・ガキみたいに泣いたり喚いたり、我儘ばかり言っていた・・・。
愛しているのに、とうとうこんなふうに泣かせるなんて、俺は最低かもしれない―――・・・・。
生まれて初めて司は心から反省して謝った。
「・・・ゴメン・・・」
姫宮は濡れた双眸を驚いたように見開き、司の顔を見つめ返す。
「・・・本当にゴメン・・・姫―――」
言いかけた司の口は姫宮の唇で塞がれた。
司は夢中でキスをしながら、初めての満ち足りた幸福感に酔いしれていた・・・。
長いキスの後で司は興奮気味に姫宮の耳元で囁いた。
「姫宮・・・。俺だけのものに、なってくれる・・・?」
けれど姫宮は、少し考えるように小首を傾け司の瞳を見つめた。
「・・・不公平だろ。俺がお前のものになっても、お前は俺だけのものにならないじゃないか・・・。人気俳優でアイドルで、ファンクラブの女の子も山ほどいるんだろう・・・」
「―――・・・そ、それは別だろうが・・・」
困ったように戸惑う司に、姫宮は仕方なさそうに言った。
「・・・いいよ。だけど、条件がある」
「な、なに?言ってくれよ・・・何でもするからっ!!」
必死に縋りつくように尋ねる司の口元に姫宮は指を押し当て、真面目ぶった表情で言った。
「俺のことをもう二度と『お兄様』って呼ぶな」
「―――・・・え・・・」
一瞬呆気にとられた司だったが、即行に畏まって答えた。
「誓って、二度と、口が裂けても・・・絶対に言いませんっ!!」
真剣な司の台詞と顔が、三流の芝居じみていて余程可笑しかったのか、姫宮は泣きながら笑いこけた。
司もつられて笑ったが、すぐに我慢できなくなり再び姫宮に濃厚なキスをしながら押し倒す。
「・・・姫宮・・・俺の―――」
昂まる欲情を隠そうともしない司に姫宮はもう抵抗しなかった。
「―――・・・司・・・・」
多分―――
こうなる事は運命だったのだ・・・。
二人がこの世に産れた時から―――決まっていたこと・・・・。
脳髄まで痺れるような快楽に溺れる途中で、姫宮はそう思うことにした。
罪ならば、父にある。
俺たちをそれぞれ別に作った父に―――・・・
ああ。俺たちは、だからこうして、互いを補い貪りあう・・・
半分の同じ血を、狂気のように愛おしく求め合うから―――。
罪を欲望に塗りこめて、愛し合えばいい。
尽き果てるまで―――・・・
THE END